スモールM&Aの7つの失敗要因
M&Aでは、特に小規模のスモールM&Aで、多くの買収企業の社長が「M&Aは失敗した」と感じていると言われている。その原因は概ね以下の7点である。
1.事業の中身の未把握
2.中小企業の実態と経営手法の知識不足
3.自社の問題点・強みを未把握
4.ビジョンが不明確
5.業績未把握、PDCA未構築
6.従業員とのコミュニケーション不足
7.ブランディング
失敗要因①:事業の中身の未把握
スモールM&A失敗要因の1つめは、売手企業の事業の内容(内部環境)を十分に把握せずに買収してしまうことである。大企業のM&Aと異なり、スモールM&Aでは、売手企業の状況を把握することなく買収しているのが現状である。
大企業が実施する一般的なM&Aでは、基本合意締結後、DD(デューデリジェンス)を行い、その後に正式な最終契約書の締結を行う。
DDとは、簡単に言うと、企業の価値やリスクなどを調査して評価することで、主に法務DD、財務DD、ビジネスDDがある。
法務DDとは、法的権利の有効性の評価や、係争事件の有無、偶発債務等の潜在的な法務リスクの有無をチェックすることである。
例えば、売手企業の得意先との契約で、M&A取引などによって会社の実質的所有者である株主の構成が大きく変更になった場合に、契約を解除することができる条項があったととする。
その場合、買収後にその得意先との取引が停止になるため、企業価値が大きく減少してしまう。このような法的リスクがないかをチェックするのである。法務DDは、主に弁護士が実施する。
財務DDは、売掛金や在庫、土地・建物等の資産の再評価、および正常収益力の再評価を行い、簿価ベースのBS(貸借対照表)、PL(損益計算書)を実態ベースに作り直して、潜在的な財務リスクの有無をチェックすることである。
例えば、簿価ベースのBSで、売掛金が一千万円ある内の三百万円が、すでに倒産した得意先のものであれば、この三百万円はいわゆる「不良債権」であり、回収の見込みはない。
そのため、簿価の一千万円から不良債権分三百万円を差し引いて、実態の七百万円に修正するのである。また棚卸資産の場合、販売見込みのない在庫は「死蔵在庫」として簿価から差し引いて実際に修正する。
このように中小企業の場合、特にBSは、簿価と実態が大きくかけ離れているケースが珍しくないため、財務DDで修正しなければ、正確な企業価値を算定できない。この財務DDは、会計士や税理士が担当する。
そしてビジネスDDとは、事業の中身を分析するものである。例えば、経営や組織、営業・販売や、工場・店舗など、事業の各機能の業務で問題がないか、そして強みがどこにあるかを確認して、事業面のリスクや成長の可能性を探るのである。
ただし、このビジネスDDは、ほとんど実施されることがない。つまり、スモールM&Aで企業を買収する際に、業務の中身を把握せずに購入しているのである。
我々は日常の生活で買物をする時に、百円の品物でも、しっかりと中身を把握した上で購入する。中身を知らずに購入することは、正月の福袋やガチャガチャくらいである。
しかしM&Aの世界では、私たちが日常生活で当然に行っている「中身を吟味して判断する」ことが実施できていない。数百万円から数千万円、あるいは数億円もの金額を支払う買物であるのに、事業の中身を把握せずに購入しているのである。
特にスモールM&Aでは、同じ業種で同種の製品を作っていても、事業の中身は大きく異なっている。例えば、経営手法や組織体制、戦略や戦術、管理体制や業務フロー、各作業方法、そして従業員のスキルや商品自体の特徴も、各企業によってそれぞれである。
そのような状況でも、事業の現状を十分に把握して吟味することなく、買収しているのである。そのため、買い取ってから様々な問題が発生し、結局対処しきれず「M&Aは失敗だった」と後悔する社長が多くなるのである。
なぜこのようなことが起きているのか。ビジネスDDは、経営コンサルティングの高いスキルが要求されるため、コンサルタントのような専門家の中でも実施できる人材がほとんどいないからである。
そのため、ビジネスDD未経験者である新社長自身が、ノウハウがない中でビジネスDDを一通り実施することは非常に難しい。その結果、ビジネスDDを行わず、事業の中身を理解せずに買収するため、買収後に想定外の様々な問題点が発生し、買収企業の経営がうまくいかないのである。
中小企業を経営するには、事業を俯瞰的に捉えた上で、各部門の詳細についてもある程度把握することが求められる。そして会社の問題点を把握して改善に取り組むこと、また会社の強みを理解して成長戦略を描くことが重要である。そしてこれらを行うには、ビジネスDDなどで調査を行って現状把握することが必要である。
失敗要因②:中小企業の実態と経営手法の知識不足
スモールM&A失敗要因の2つめは、中小企業の実態とその経営手法を知らずに経営を行うことである。
大企業と中小企業はさまざまな違いがあり、大企業で普通にできるようなことが、中小企業ではスムーズにできないことが多くある。それを知らずに、大企業の管理者と同じ感覚で中小企業の経営を行ってしまうと、経営者の思い描いた通りに現場が機能しないことが多々発生してしまう。
例えば、大企業では経営幹部が各々の事業の戦略を構築し、具体的な戦術については担当者に任され、具体的に何をするかというアクションレベルの話は担当者が考えてくれる。
しかし中小企業では社長自身が戦略だけでなく、具体的なアクションの戦術まで構築しなければ現場は動かない。社長が新たな戦略や方針を打ち出して声高に発信しても、現場のスタッフは従来通り目の前の仕事をこなすだけである。
そのため、社長自身が全体設計を行って戦略を構築するだけでなく、具体的戦術という詳細設計まである程度構築する必要が出てくるのである。
また、組織体制も脆弱なため、管理機能や統制が十分ではない。そのため、各部門の管理や統制の業務まで、管理者ではなく社長が自ら行わなければならないこともある。
例えば、社長が各部門の管理者に指示を出しても、管理者自身が一従業員として業務を行う場合も多いため、情報が現場まで届かない。社長自身が現場にまで情報を伝えなければ、現場に方針を徹底することは難しくなる。
また、各部門の現場で何か問題が発生しても、その部門の管理者が責任をもって対応することなく放置されるケースもある。組織図上は機能別の組織体制となっているが、組織の役割が徹底されておらず、各部門の管理者自身も現場の一作業員でしかないため、各部門で問題解決できない。
いくら管理者に「この部門を取りまとめるのはあなたですよ」と言っても、管理者自身に自分が管理者であるという自覚がなく、管理の経験もないため、すぐに変わることはない。
結局社長自身が乗り出して、部門内の問題解決に取り組み必要が出てくるのである。その他、業務自体が属人的で、業務ルーチンが確立していない場合もある。
例えば、ルーチン業務の中で一人の従業員しか実施できない業務が存在するなどである。これは、OJTが行われていない事以外に、社員が少ないことが要因である。
そのため、その従業員が休暇を取ってその業務が滞ったり、一人しかできない業務がボトルネックとなって生産性を低下させるなどの弊害が起きている。
このように、中小企業の社長の役割は非常に大きく、中小企業の実態や、社長自ら現場改善に取り組むという意識がないと、これらの問題に対処できないケースが出てくる。
失敗要因③:自社の問題点・強みを未把握
続いてのスモールM&Aの失敗要因は、自社の問題点や強みを把握していないことである。
中小企業の中で最も会社を知っているのは、社長でなければならず、実際に社長であることがほとんどである。社長以外の従業員は、個々の業務の範囲でしか業務を把握していない。
しかし実際に多くの社長は、業務については把握できているが、自社の問題点や強みを理解できていないケースが多い。例えば、不要な資料を慣習的に作成していたり、データ化できるものを紙媒体で管理したりするなど、多くの無駄な作業が存在している。
しかし従業員は、これらの業務を忠実に実施することが正しいと思い込んでいるため、これらが問題であると気づく従業員は少ないのである。そのため、社長自らがこの非生産性業務に気づき、それらの改善に取り組まなければならない。
また、不要な資料は排除して簡素化する、数値は紙ではなくデータで管理して作業を効率化して加工しやすくする、というような、大企業では各部門の管理者に任されるような、仕事の効率や生産性向上、品質向上につながる抜本的改善は、社長の重要な仕事なのである。
また、顧客のニーズの把握も十分とは言えない。長年経営を続けている中小企業では、一定の固定客が存在しているが、社長自身が、顧客がなぜ他社ではなく自社の商品を選んでいるのかを十分に理解できていない。
そのため、新たな顧客のニーズも把握できないのである。このように自社の強みと顧客のニーズを知らずに、既存商品を固定客だけに販売しているため、新規顧客を獲得するのが困難な状況なのである。
中小企業では新商品の開発を行われない企業も多いため、売上が減少傾向となってしまうのである。それでも業務のルーチンがある程度決まっていて、商品を買ってくれる固定客がいて、事業が回っている企業は多いが、これはあくまで市場環境が安定し、変化が少ない場合に限ったことである。
しかし今はネット社会で、各企業のホームページやネット通販、SNS等で、膨大かつ多種多様な情報が簡単に入手できるよう時代である。つまり、顧客はさまざまな同業他社を簡単に調べることができるようになっているのである。
そのため、自社の強み理解し、市場に打ち出していかなければ、顧客を獲得することは難しくなり、事業を継続していくのは難しくなっていくであろう。
失敗要因④:ビジョンが不明確
次のスモールM&Aの失敗の要因は、ビジョンが不明確なことである。経営の基本概念には、ビジョンの他に、経営理念やミッションがよく活用される。
「経営理念」とは、経営者が考える会社の存在意義や価値観のこと。経営理念は長年引き継がれたものが多く、浸透すれば団結力は強固になる。
また、様々な書籍で「経営を行うには、まず経営理念を明確にすることが重要である」といった類のことがよく書かれている。そして経営理念の浸透した会社には、良い人材が集まりやすいといえ、カリスマ経営者や超優良企業では、従業員に浸透しているケースが多いといえる。
一方で課題としては、従業員への浸透が難しいことが挙げられる。経営理念は重要であることは否定しないが、実際にはほとんどの従業員は、自社の経営理念を把握していない。
そのため、経営理念は重要であると言われている一方で、機能していない企業が圧倒的に多いのが現状なのである。この理由は、経営理念は「経営者が考えるもの」であって、一般社員はあまり関心がないものだからと考えられる。また、どこの企業も同じようなありふれた経営理念が多いのも、従業員が関心を持てない理由の一つであろう。
次に「ミッション」とは、使命のことで、地域やその業界などの社会にどのように貢献するのかを示すものである。ミッションの優位性は、企業活動の意義を認識しやすくなるため、従業員は働く意義を見出しやすく、使命感のある、士気の高い人材が集まりやすくなることである。
反対に、企業自体に業界や社会を変える要素がなければ、インパクトのある、従業員に働く意義を見出させるほどのミッションを構築することは難しくなる。また、同業種や同地域の企業とミッションが重複するケースが多くなり、オリジナリティを見出すことが難しいのも課題の一つと言える。
続いて「ビジョン」とは、会社の目指す将来の姿、目指すべきゴールである。ビジョンは、短期的なゴールでも、中長期的なゴールでも、経営者や従業員一人ひとりが目指せるゴールとして明確に描けるものであれば問題ない。
ビジョンの有効性としては、それ自体が会社全体の目指すべきゴール(目標)であるため、従業員全体のベクトルが合わせやすくなることである。
また、会社が目指すゴールであるため、柔軟な設定が可能である。例えば、「3年後に店舗を5店舗増やす」「5年後に売上高を2割増やす」といった定量的な内容や、「ワクワク・ドキドキする新たな商品を生み出していく」という定性的なビジョンもある。
これら経営理念・ミッション・ビジョンの中で、その企業にとって何が最も重要なのかは、各々の経営者の考えにもよるが、どのような企業でも有効に働くのが「ビジョン」である。
なぜなら、従業員一人ひとりの力を経営に活かすためには、従業員全体のベクトルを合わせる必要があり、そのためには共通のゴールを明確にすることが求められるからである。
従業員はみな個性があり、スキルや得意分野、性格、年齢など、何もかもが異なる。そのため、ビジョンが不明確であれば、各従業員が、自分の都合に合わせて業務を行うようになり、会社の考えとは異なる方向性を向いて業務を行うことにもなりかねない。
そうなると、いくら個人が優秀であっても、会社全体ではマイナスに働いてしまうケースも出てきてしまう。スキルや個性がバラバラな人材が集まった組織の力を、効率よく効果的に経営に活かすためには、組織全体のベクトルを一方向に合わせ、従業員一人ひとりが、企業が示すゴールに向かって仕事を行うことである。
失敗要因⑤:業績未把握、PDCA未構築
続いてのスモールM&Aの失敗要因は、社長自身が業績を把握しておらず、経営のPDCAが回せていないことである。
業績を把握するためには、年に一度作成される決算書がある。中小企業の場合、PL(損益計算書)とBS(貸借対照表)の2つ。
ちなみに決算書にはもう一つ、CF(キャッシュフロー計算書)があるが、CFは大企業では作成されるが中小企業では通常作成されない。
中小企業で資金状況を確認する場合は、CFではなく資金繰り表が使われる。PLは、どの程度儲かっているかという収益状況を表すもの。BSは、会社の財産と、その財産を得るための資金の出所を表すものである。
このPLとBSで、一年間の経営成績を確認することができ、次年度の経営戦略の構築や事業計画を策定するためのベースになるため、経営者にとっては極めて重要である。しかし、この決算書をしっかりと振り返ることをしない経営者が以外と多く、経営の基本となるPDCAが回せていない。
PDCAとは、Plan(計画)、Do(実行)、Check(検証)、Action(改善行動)の頭文字を取ったもので、経営状況を振り返り、問題があれば改善する、ということを繰り返すものである。
つまり、日々発生する様々な課題をタイムリーに改善し、価値向上や生産性向上を図って価値を高めていく手法と言える。これは経営に限った事ではなく、工場の製造現場や、個人の成長でも使われるものである。
経営でPDCAを回す場合、まずは数値で現状把握をする。そしてもし数値が悪化している場合、なぜ悪化したかの原因を究明するために、現場で発生している現状を把握し、現場での問題点、そしてその原因を究明する。そしてその上で、改善策を構築し、即座に改善施策を実行に移していくのである。
これを繰り返すことで、より良い経営が実現し、業績が上向いていく訳である。つまり、業績の悪化や低迷の原因は現場にあるため、「問題点(数値)の発見→原因(現場)の究明→改善行動(現場)」を繰り返せば、業績はおのずと良くなるのである。そのため、よりよい経営を行っていくには、PDCAを回すことが大切と言える。
なお、期中で業績の状況を把握するためには「試算表」を活用する。試算表とは月次のPLとBSのことである。試算表で各月と、その月までの累計の業績を把握し、実績だけでなく、前年同月比や計画比で状況を把握する。
年間通してではなく、試算表で期中の毎月の業績をチェックすることも、経営者にとっては必要不可欠である。そして毎月の経営会議で、試算表を見てPDCAを回していき、タイムリーに現場の問題点を改善しながら業績向上を図っていくのである。
しかしながら、試算表を作成しない中小企業も多いのが現状である。そのため、もし事業を運営する中で問題があり、それが原因で業績が悪化しても、期中でその問題を振り返ることが難しくなる。
その結果、問題を抱えたまま事業を運営し続けることになり、それが積み重なって多くの問題を抱えるようになり、事業価値の低下や赤字額の増加につながっていくのである。
失敗要因⑥:従業員とのコミュニケーション不足
続いてのスモールM&Aの失敗要因は、従業員とのコミュニケーションが不十分なことである。中小企業の場合、組織体制が曖昧で管理・統制が不十分で、経営者と従業員が、指揮命令系統ではなく人間関係でつながっていることも少なくない。
そのため、経営者と従業員との信頼関係が構築できていなければ、大企業以上に業務に支障をきたしてしまう。そして、経営者と従業員との信頼関係を構築するための最も重要な要素が、このコミュニケーションなのである。
例えば大手企業では、管理者が部門全員に指示を出す際、メールで一斉送信すれば伝わる。特に個別に丁寧に説明することもなく、部下はその指示に従って業務を行う。
もちろん大手企業でも個別のコミュニケーションは大切であるが、わざわざ都度個別にコミュニケーションを取らなくても、業務はスムーズに進む。一方で中小企業の場合、業務によっても異なりますが、メールで一斉に指示を出しても現場は動かないことがある。
これは、中小企業の業務が労働集約型で固定化されており、また個々の業務範囲を担当者個人で決めてしまう傾向があるため、メールで新たな業務を部門単位で依頼しても、従業員は自分を当事者として認識しないのである。
また、そもそも中小企業の従業員は、現在行っている業務以外の仕事への取組み意識が非常に消極的の場合が多いという特徴がある。
これは、中小企業の従業員の給与は、大手企業の半分か3分の1程度で、ボーナスも福利厚生も少なく、昇格もないに等しいため、大企業と比べて仕事に対するインセンティブが圧倒的に少ないのが要因の一つである。
中小企業の従業員は、このような環境の中で日々の仕事をこなしているため、これ以上仕事を増やしたくないと考えている。そのため、従業員との信頼関係が希薄であれば、社長であっても従業員の重い腰を上げさせるのは一苦労なのである。
この状況を知らずに、コミュニケーションも取らずにメールでそっけなく依頼してしまうと、従業員のやる気は高まらないばかりか、経営者に対して不信感を抱く可能性がある。
特に外部から来た経営者は、従業員にとって「よそ者」であり、心を開くのに時間がかかります。それが大手企業から来たとなると、従業員は余計に警戒するであろう。
そのような中で、現場とコミュニケーションを取らず、頭ごなしに現場を動かそうとすると、従業員から総スカンを食らってしまう可能性もある。
企業を買収して成功する経営者は、徹底した現場主義者であり、従業員とコミュニケーションを大切にする人である。経営者が一人ひとりとコミュニケーションを取り、個々に信頼関係を構築して初めて現場の担当者は動くことを知っているからである。
中小企業をうまく経営していくには、各従業員とコミュニケーションを取って信頼関係を構築し、機能面だけでなく感情面でアプローチすることが大切なのである。
失敗要因⑦:ブランディング
スモールM&Aの失敗要因の最後は、中小企業は「ブランディング」を意識している経営者がほとんどいないことである。
もともと大企業と中小企業ではブランド力に大きな差があり、このブランド力の差は、販売力などの経営力に大きな差となっている。
なお、「ブランド」や「ブランディング」という言葉は曖昧で、コンサルタントでもこれらを正確に理解している人は少ない。そのため多くの人が「ブランド」と聞いてイメージすることは、ブランド力の高い企業名や商品名という場合が多いのではないだろうか。
例えば、アップルやアマゾン、フェラーリ、シャネルなどである。そのため、ブランドとは、会社名や店舗名、商品名そのものであり、大企業や有名企業の話で、中小企業には関係ないと考える人が多い。
しかし社名や商品名自体がブランドではない。また、ブランディングとは、デザインを洗練させることだと考えている人が多い。
そのため実際にブランドコンサルティングを行っているのはデザイナーが多く、そのコンサルティングの中身は、単にカタログや各種ツール、会社のロゴや商品のデザインを再構築することが多くなっている。
しかしブランディングとは、デザインを洗練させることではない。まず「ブランド」とは、顧客が、その会社や商品・サービスに対して思い浮かべる「価値イメージ」である。
つまり顧客や消費者が、会社名や商品名を見聞きして、そこからイメージするものである。
例えば、アップルと聞いてイメージするのは「革新的」「おしゃれ」「高機能」「世界屈指の優良企業」などと想像する人が多いが、これこそがブランドなのである。
そして「ブランディング」とは、価値向上活動、価値浸透活動すべてを指す。つまり、経営活動そのものであり、単に商品やツールのデザインを構築することではない。
なお、中小企業は大企業のように、低価格で勝負することはできない。大企業は、大量仕入や、最新の設備やシステムを導入することで、人手のかからない高い生産性を実現し、低コストで高付加価値な製品を大量生産することができる。
しかし中小の製造業は、大企業のように低コストで生産することはできない。小売でも、大企業のように大量に低コストで仕入れることも困難である。
そのため中小企業は、低価格で勝負しても大企業にはまったく歯が立たず、十分な利益を獲得することができないのである。そのような中、多くの中小企業は、何とか売上を確保するために、値段を下げて大企業と勝負しているのが現状である。
しかしそれでは利益が確保できず、売上高は増えても利益が減り、業績は悪化する一方である。昨今の日本の市場は、モノや情報が溢れ、便利なモノやおいしい料理が安価で手に入る時代になった。
そのため、消費者のニーズは多様化し、多くの業界が成熟し、良いモノをより安く購入できるようになった。このような市場環境においては、中小企業が売上のボリュームを追求するのは難しい。
そのためターゲットを絞り込み、絞り込んだ顧客のニーズに応えられるような、差別化された商品を提供していかなければ生き残れない。
つまり、少量しか売れない中小企業は、量を売って利益の「額」を稼ぐのではなく、少ない量でも一定の利益額を稼ぐために、利益の「率」、つまり高利益率で勝負するしかない。
しかし、大企業と同じような商品では、消費者は安価な商品を選ぶため、徹底した差別化を図ることで自社のブランドを確立することが重要になる。
その差別化がブランドとして認知されることで、大企業よりも高額であっても顧客に選んでもらえるのである。そのためには、「他社と異なる特徴のあるもの」で、かつ「顧客に受け入れられるもの」を販売するしかない。
この2つを満たすものが「価値」であり、自社の持つこの価値が顧客に浸透している状態こそが「ブランド」なのである。
つまり、中小企業の生きる道は、お客様自らが自社を選ぶようになるための自社ブランドを確立し、しっかりと利益を出す体質にすることなのである。