スモールPMIでの財務DDのチェック項目
スモールPMIでチェックすべき簡易の財務DDは概ね以下のとおりである。これらについて詳細を明記する。
【スモールPMIでの財務DDのチェック項目】
<BS>
- 現預金、棚卸資産、売掛金、受取手形・電子記録債権
- その他債権、貸付金
- 建物などの減価償却資産、土地
- 無形固定資産、繰延資産
- 有価証券、ゴルフ会員権、リゾート施設会員権等
- 保険積立金、敷金・権利金、営業保証金
- 買掛金、支払手形
- 借入金、その他負債
- リース債務、偶発債務
- 賞与引当金、退職給付引当金・役員退職慰労引当金
<PL>
- 売上高・売上原価項目
- 役員報酬・給与手当、法定福利費
- 退職給付費用、役員退職慰労引当金繰入額
- 保険料・福利厚生費、租税公課、支払地代家賃
- 営業外損益項目、特別損益項目
<その他>
- 時価純資産・正常利益
- 役員・株主との取引、グループ間取引、税務会計リスク
- 報告書の注記事項、事業譲渡
財務DDで必要となる資料
財務DDを行う前に、財務DDを行うための資料の収集が重要である。
はじめに「事前準備ご依頼資料」として「会社全体」に関わるもの、「経理関連」に関わるものに分けて、譲渡企業にリストを渡す。
資料は調査項目の重要性により判断するが、コピー又はデータで用意してもらうもの、原本預り又は閲覧でよいものに分けて請求する。
また、中小企業の場合、人手不足等の理由から、これら資料の準備が大変負担になる場合も多く、準備に時間がかかるものや、準備ができないものが含まれてしまうことがある。よって、資料の準備については、まず用意ができるものについて、提出期限を決めて提出して頂き、実際の作業の進捗に応じて不足資料の提供や追加資料の提出を依頼することがある旨を明記しておく。
【事前準備の資料】
<会社全体>
- 定款
- 商業登記簿謄本
- 社内諸規定
- 役員一覧
- 株主名簿
- 会社案内等
- 株主総会、取締役会議事録
<経理関係>
- 決算書
- 勘定科目明細書
- 税務申告書(法人税申告書等)
- 総勘定元帳
- 資金繰り表
- 月次試算表
- 現金
- 預金
- 売上債権・売上高
- 貸付金明細
- 前払費用、前渡金、前払金、仮払金、立替金
- 棚卸資産(商品・商品・原材料・仕掛品)
- 固定資産台帳
- 建物や土地の不動産一覧表
- 無形固定資産や繰延資産に係るもの
- 有価証券、会員権等
- リース関連
- 偶発債務にかかるもの
- 有価証券、会員権等
- 保険契約に関する事項
- 敷金・権利金・営業保証金
- 仕入債務・仕入高
- 借入金残高の明細
- 未払金、未払費用、仮受金、前受金
- 預り金
- 給与台帳、賞与手当
- 退職金にかかるもの
- 補助金や雑収入に関する事項
- 税務調査の指摘事項
- 訴訟事項
スモールPMIの財務DD/BS① 現預金、棚卸資産、売掛金、受取手形・電子記録債権
●現預金
本来であれば、現金は金庫等にある現物を実査し、現金出納帳との照合を行うことで、現金期末残高が一致していることを確認するところであるが、スモールPMIの実務では財務デューデリジェンスのでは実査は行わない。
ただし、会社規模や事業内容を考慮したうえで現金が100万円以上ある場合など多額に現金がある場合には、その現金が実在するかどうかをヒアリングなどで確認する。
例えば、小売業や飲食店などで、レジスターやPOSレジ等を使用している場合や、毎日の現金残高を金種表(お金を紙幣・硬貨といった種類別に書き込むための表)で管理している場合には、集計表や集計データのサンプルを取り寄せて、決算書の期末残高と一致しているかを確認する。
預金については、勘定科目明細書、金融機関ごとの預金通帳や残高証明書から決算書の期末金額と一致しているかを確かめる。
勘定科目明細書と残高証明書の金額が一致していない場合には、ヒアリングにより差異の内容を確認し、内容が不明確であれば残高証明書に金額を修正する。
中小企業の場合には、現金の管理が不十分な場合が多く、経理については経営者本人やその身内親族が行うケースが多く、現金出納帳を作成していないことが多いため、実際の現金の残高を経営者が把握していないことがある。
●棚卸資産
棚卸資産とは、商品、製品、原材料、仕掛品などをいう。
棚卸表、棚卸資産受払帳や勘定科目明細書により過去3期の動きを把握して、その内容と売却可能性を確認する。
通常、棚卸資産については、年1、2回程度の実地棚卸が実施され、棚卸資産受払帳を作成し、残高数量との照合を行うことで棚卸表が作成される。
売却可能性については、長期間在庫として滞留していたり、陳腐化や不良品等に注意しながら売却可能な棚卸資産かどうかを判断し、売却可能でないと判断された場合には評価減する必要がある。
中小企業の場合には、実地棚卸や在庫管理に人件費やコストを掛けられないケースも多く、過去の原価率から平均を算出して棚卸資産の金額を計算している場合もあり、正しく実地棚卸を行っていないケースがある。
また、棚卸資産受払帳の作成や棚卸表の金額の算定を行うにあたり、過剰在庫や不良在庫等を使用して、利益のかさ上げ等を行うことで利益調整をしているケースも見受けられる。
●売掛金、受取手形・電子記録債権
営業上発生した売掛金・受取手形・電子記録債権を売上債権という。
売上債権は、取引先等の売上高一覧表の中から、金額が多いもの、大口得意先や長期間回収されていないものについて回収可能額を確認する。
例えば、勘定科目明細書と取引先等の売上高一覧表との照合を行い、同一取引先について過去2期以上金額の動きがなかったり、勘定科目明細書の「その他取引先」の項目に取引先がひとまとめにされ、その金額が多額の場合には各取引先の明細を取り寄せて回収可能額を検討し、実際の回収可能な金額に修正を行う。
また、売上債権の貸倒れ処理や紛争中の売上債権がある場合には、必要な会計処理または法的処置が行われているかどうかを確認する。
売上債権のうち、受取手形・電子記録債権については、勘定科目明細書と手形記入帳を照合して手形回収期日を確認する必要がある。
また、手形割引を依頼している手形については、手形記入帳や残高証明書等の照合を行います。期日を確認し、本来の手形回収期日よりも長いものがあればその理由を確認する。
長期間回収されていない売上債権については、会社利益を大きく見せるために、本来貸倒れ処理すべき金額をそのまま売上債権の残高に残しているケースが見受けられる。
スモールPMIの財務DD/BS② その他債権、貸付金
●その他債権
前払費用、前渡金、前払金、未収入金、仮払金、立替金を確認する。
総勘定元帳(各々の債権の勘定科目)、勘定科目明細書、契約書や覚書等の取引内容のわかるもので確認を行い、費用に振替えるべきものが含まれていれば振替予定期日を、回収すべきものは回収可能性の確認を行う。
これらの債権は、本来経費計上すべきものを資産計上することにより、会社利益を大きく見せるために利用される場合があるため、長期間精算されずに残高が残されている場合には注意が必要である。
●貸付金
貸付金については、第三者への貸付金、社長一族や株主、取締役への貸付金などが考えらる。
貸付金の金銭消費貸借契約書が作成されているかどうか、作成されていれば返済予定表どおりに返済されているか、利息を受け取っているかなどについて確認を行う。
特に社長一族や株主への貸付金については、貸付金残高の動きがない場合があるため、回収可能性についてヒアリングを行う。
また、貸付金は現金の残高と混同されることがある。
本来であれば経費計上すべきものを経費計上せず現金の入金として処理したり、役員給与の月額報酬が実際よりも少なく、会社現金が生活費の補填に使われてしまうケースなどがあげられる。
こうした会計処理が行われると、現金の残高が多額に計上されることから、やむを得ず決算時にいったん貸付金に振替える決算修正の処理を行う。
このような貸付金については、資産性がない場合も往々にして見受けられるので、給与所得として税務上問題が生じる可能性があるだけでなく、M&A後の返済義務の承継が問題になることもあるため事前に検討する必要がある。
スモールPMIの財務DD/BS③ 建物などの減価償却資産、土地
●建物などの減価償却資産
固定資産台帳、法人税別表13・16を用いて、減価償却費が計上されているかを確認する。
固定資産台帳により取得価額を確認し、適正償却後簿価を算定します。特に中小企業においては、減価償却費の計上によって利益を調整しているケースもあるので、減価償却の実施状況を確認することも重要となる。
特に減価償却不足額があった場合には、適正償却後簿価に修正する。
その他、過年度に特別償却や圧縮記帳等が行われたかを確認する。
過去3期に行われていた場合には、特別償却や圧縮記帳等の適用を受ける前の取得価額に戻して、適正償却後簿価を算定する。
固定資産の中でも機械や備品、車両運搬具については、現物がすでに廃棄または使用不能であるにもかかわらず除却の処理がされていないケースが見受けられるので、現物の有無について確認する必要がある。
建設仮勘定については請負契約書、見積書等を照合し、実在性と網羅性、資産性について確認する。
遊休資産(事業に使用されていない資産)については、処分可能価額(第三者への売却可能価額)に修正する。
●土地
土地は、固定資産税評価額を時価として採用するが、特に事業継続に必要な場合には不動産鑑定評価を行う場合もある。
売却の必要性を検討する場合は所有土地一覧表を作成する。
主要な不動産については、可能であれば現物の確認を行い、借入がある場合の担保状況を確認する。
また、固定資産評価明細書などから、未登記不動産の存在も確認する。
その他、登記簿謄本、権利書による所有者の確認を行う。
所有者が会社以外である場合には、M&Aの後に事業継続等の問題が生じる可能性があるため、その理由を確認する。
- スモールPMIの財務DD/BS④ 無形固定資産、繰延資産
●無形固定資産
無形固定資産については、特許権、商標権、借地権、ソフトウェア、営業権などが挙げられる。
その権利の実在性や経済的価値(ライセンス・フィー)などを確認する。
また借地権など償却が不要の資産に注意しながら、固定資産台帳から償却にかかる期間が適正かどうかを確認する。
特にソフトウェア等の基幹システムについては、正しく更新がされているか、追加でアップデートやメンテナンス費用が必要なのか、譲受企業側でソフトウェア等を継続して使用していくかの確認を行う。
償却不足額がある場合、適正償却後簿価に修正します。決算書の利益のかさ上げのため、既に価値がないにも関わらず除却をしていない場合、減価償却費の未計上あるいはその一部のみを計上する場合もあるため、確認が必要となる。
その他、過去に行われた事業譲受等による営業権がある場合には、原則ゼロ評価となる。
●繰延資産
繰延資産には、会計上の繰延資産と税法固有の繰延資産がある。
会計上の繰延資産は、創立費、開業費、開発費、株式交付費、社債発行費、新株予約権発行費の6つに限定されており、原則ゼロ評価となる。
また税法固有の繰延資産には、建物を賃借するための権利金、立退料、商店街のアーケード等の負担金、広告宣伝用資産等が該当し、契約期間が明確に決められている場合が多く、長期前払費用等の中に含まれて処理される場合がある。
これらも資産性がないものと判断され、原則ゼロ評価となる。
スモールPMIの財務DD/BS ➄ 有価証券、ゴルフ会員権、リゾート施設会員権等
●有価証券
有価証券については、勘定科目明細書と証券会社からの取引残高報告書または証券会社の保護預り証等を照合し、次のとおり評価する。
- 上場株式等は、市場価格があるため調査日時点の終値で評価する
- 非上場株式等は、譲受企業にとって事業継続上で重要性の高い企業であるかどうかにより評価を行うが、通常は非上場株式等の企業の決算書を取得し簿価純資産で評価する。また実質債務超過で業績の回復が見込めない場合にはゼロ評価となる
- 金融機関等に対する出資金は原則として簿価で評価する
特に非上場株式等の場合には、その評価をするために譲渡企業から決算書を取得する必要があるなど、資料収集が難しい場合がある。
そのため倒産等してその実在性がない場合や、実質債務超過で資産性がない場合にも、評価替えができずに当初の取得価格で有価証券として計上されていることもある。
●ゴルフ会員権、リゾート施設会員権等
ゴルフ会員権やリゾート施設会員権等は、仲介事業者のHPを参考にしたり、買取希望価格や直近相場価格表等で評価する。
ただ些少な金額や重要性が低い場合には簿価で評価する場合もある。
ゴルフ場やリゾート施設については、すでに運営会社が倒産したり、会員権の価格が大幅に下落しているにも関わらず、購入時の取得価格で会計処理されて評価減されていない場合がある。
また、売買された場合でも売却金額が少額であるため、簿価の減少を行わず、売却金額をそのまま売却益として計上していることもある。
スモールPMIの財務DD/BS⑥ 保険積立金、敷金・権利金、営業保証金
●保険積立金
保険契約は、決算日時点の中途解約返戻金で評価を行う。
生命保険等の保険証券にて加入状況を確認する。保険契約の種類、期間、保険金額ならびに中途解約返戻金の金額等を調べ、保険積立金への振替など適切な会計処理が行われているかを確認する。
保険証券を紛失している場合には、再取得に時間がかかってしまう。
また、加入している保険契約の内容が多岐に渡るケースもあり、その中に私的な保険契約も含まれていることもあるので修正が必要な場合もある。
その他、Ⅿ&A後の事業引継ぎに必要な保険契約であるのか、実際に解約する必要があるのかを検討することも必要である。
●敷金・権利金、営業保証金
不動産賃貸借に伴う敷金・権利金については、賃貸借契約書と照合し、退去時の賃貸借契約が終了した場合の返還条件、ならびに中途解約した場合の取り扱いを確認する。
特に敷金・権利金が全額返還されない場合や原状回復費用が相殺される場合には、あらかじめ資産性がないものとして取り扱うかどうかについて検討する。
営業等の差入保証金契約書についても、決算書に計上されている保証金が正しい金額かどうかを照合する。
また更新時に追加で差入れ金が必要なのか、取引終了時に全額返還されるのかを確認する。
敷金・権利金、営業保証金は、譲渡企業への事業引継ぎに際し、継続取引が可能であるかなど、取引条件の変更の有無について確認する必要がある。
また過去の契約時に敷金・権利金、営業保証金が経費計上されて簿外処理になっている場合や、契約書を紛失するなど、本来あるべき金額が計上されていないこともあるので注意が必要である。
スモールPMIの財務DD/BS⑦ 買掛金、支払手形
●買掛金
買掛金は、商取引上生じた債務をいう。
買掛金については、買掛金台帳、勘定科目明細書、買掛金元帳の残高を照合するほか、必要に応じて大口の取引先については支払サイクルを個別で算出し、その他の取引先の買掛金の支払条件と照らして異常性が無いかを確認する。
また請求書等を確認して、基準日時点で負債として計上漏れがないか確認する。
特に、仕入先の締日が譲渡会社の決算日以外の日である場合の会計処理に誤りが多いことから、締日後から決算日までの買掛金の日割の計上や、取引金額の計上漏れがないか確認する。
さらに翌期首における多額の返品がある場合には、仕入の二重計上や前期末での計算の誤りが考えられるので、その内容を確認する。
仕入債務などの支払いサイクルが必ずしも統一されていない場合、取引先ごとにどのような支払サイクルであるかを確認し、買掛金が過去2期に渡って長期間滞っていないかを確認する。
長期間経過して取引相手から支払いの督促がなければ、仕入値引返品勘定又は営業外収入である雑収入に振り替えることも検討する。
●支払手形
支払手形の残高については、支払手形帳や手形発行控と照合することにより確認する。
この際、受取手形に相手方、金額、決済期間等が類似しているものがあれば融通手形(商取引がないにもかかわらず資金調達のために振り出される手形)の可能性があるため確認が必要である。
支払期日後に支払手形の残高が残っていたり、現金による買戻し手形や手形期日前に支払ったケースがあれば、その理由を確認する。
スモールPMIの財務DD/BS⑧ 借入金、その他負債
●借入金
借入金は、金融機関ごとに取引状況を確認し、借入状況、担保状況、保証関係を契約書や不動産登記簿謄本により確認する。
借入金については、勘定科目明細書と金融機関ごとの残高証明書又は銀行借入返済表と照合する。
また役員等からの個人借入金は、発生原因、金利の設定、返済状況を確認し、その債務としての実在性・網羅性を確認する。
金融機関からの借入金について、条件変更(リスケジュール)がされているかどうかを確認する。
条件変更がされている場合は、今後の返済計画等を確認する。
役員等からの個人借入金については、実際の借入、返済実績を確認するとともに、Ⅿ&A後の事業引継ぎの際の返済の必要性を検討する。
●その他負債
ここでは、預り金、未払金、未払費用、仮受金、前受金を確認する。
預り金については源泉所得税や市町村民税等の預り金が該当し、未払金や未払費用については商取引以外の債務の未払を表す。
例えば、固定資産税、消費税などの租税債務や給与(〆後分を含む)、社会保険料について支払が遅延していないか、簿外になっている債務や延滞税の未払がないかを確認し、金額的な重要性がある場合には追加計上を行う。
仮受金、前受金については、翌期に入って適切な会計処理がなされいるかどうかを確かめる。
例えば、学習塾や旅行業等にように、サービス提供前に仮受金や前受金が発生する場合には、本来の仮受金や前受金相当額が前倒しで売上に計上されている場合がある。
長期滞留のまま未払残高となっているものについては、そもそもの債務の実在性や、今後の支払予定を確認する。
スモールPMIの財務DD/BS⑨ リース債務、偶発債務
●リース債務
リース取引とは、事業用の設備など賃借料を支払って一定期間借り受ける取引をいう。
リース契約の会計上の区分は、ファイナンスリース取引(途中解約不能)とオペレーティングリース取引(単なる賃貸借に近い)に分けられる。
ファイナンスリース取引は売買取引に準じて会計処理を行い、貸借対照表にリース資産とリース債務の両建てで計上する。
オペレーティングリース取引は通常の賃貸借取引に準じた会計処理を行い、支払リース料として損益計算書に計上する。
ファイナンスリース取引であっても、リース資産とリース債務の両建てで計上せず、賃貸借取引に準じた方法として支払リース料を使用している場合がある。
この場合は、リース取引の解約不能の残債に相当する未経過リース料を把握して報告書に注記する。
●偶発債務
偶発債務とは、過去の取引に関して現在債務ではないが将来において会社の債務として確定する可能性のあるものいい、例えば未払残業代、係争中の訴訟、新製品の保証等があげられる。
確認方法は、株主総会議事録の他、担当者へのヒアリングにより行う。
係争中の訴訟がある場合には、損害賠償義務の発生の有無について確認する。
その他、決算日後に発生した事実で、翌期以後の財政状況および経営成績に関わるものについても確認が必要となる。
例えば、自然災害、火災、盗難、主要な取引先の倒産等がこれに該当する。
中小企業では、偶発債務の多くが簿外債務であり、株主総会議事録等も作成されていないケースが多いため、事実がつかみにくく、M&A後に表面化して問題になることがあるため注意が必要である。
スモールPMIの財務DD/BS⑩ 賞与引当金、退職給付引当金・役員退職慰労引当金
●賞与引当金
就業規則、給与規程等により賞与支給が規定されている場合、または過去3期の決算書やヒアリングにより支給実績があれば、賞与引当金の計上の必要性の確認を行う。
中小企業においては賞与の支給は、支給時期での自社の景況感に左右されるため、実際支給していない企業も多いことがあげられる。
税務上、賞与引当金は損金とは認められないため、中小企業の場合には計上していないケースが多く見受けられる。
賞与引当金を計上する場合は、賞与に係る会社負担分の社会保険料の金額も合わせて計上する。
●退職給付引当金・役員退職慰労引当金
退職金には、従業員退職金と役員退職慰労金があります。従業員退職金は退職金規程があり、譲受企業がⅯ&A後の事業継続により譲渡企業の社員を継続雇用する場合は、社員が自主的に退職した場合の支給額を全員退職したと仮定して引当金計上する。
これに対して雇用整理を行う場合は会社都合による解雇の金額となるため、一般的な退職金規定の自己都合より高い金額を支給することになっている。
また、外部積立(解約金や年金資産)を利用した退職金がある場合は、外部積立を差し引いた金額を引き当てる。
なお中小企業では、退職金の支給実績がない会社も往々にして見られる。
ただ退職金規定があるのに積立をしていない場合や支給していない場合には、必要積立額まで退職給付引当金の計上が必要となる。
その他、役員退職慰労金は、株主以外の取締役、監査役等の役員が対象とされ、株主総会決議により支給が確定される。
ただし、税務上の支給については、Ⅿ&A後の譲渡企業の役員退任の時期に検討が必要となる。
スモールPMIの財務DD/PL① 売上高・売上原価項目
●売上高・売上原価項目
損益計算書で、売上高・売上原価項目が適正に計上されているかを確認する。
ただし財務デューデリジェンスの場合、売上高及び売上債権の残高確認のための取引先調査までは通常実施していない。
また、売上原価項目である期首在庫や当期仕入高、期末在庫についても、仕入高及び仕入債務の残高確認のための取引先調査までは実施していない。
在庫については、工場や倉庫などに赴いて、主要な在庫の現物確認をすることはあるが、実地棚卸に基づく実態確認調査までは通常行わない。
そこで、通常これらを行うための調査方法について、以下に示す。
売上高については、決算書や取引先一覧表等を確認し、そこから大口取引先の抽出を行って譲渡企業との取引条件を確認する。
譲渡企業との固有の有利な取引条件に基づく取引がある場合、譲受企業と取引条件の継続取引が可能であるかを確認する。
逆に譲渡企業にとって不利な取引条件がある場合は、譲受企業において取引条件の変更が可能であるかを確認する。
また受注から売上及び売上債権の発生と回収に至るまでの一連の過程を点検し、売上計上の時期や売上債権回収期間の確認を行って、実際の取引がその過程どおりに行われているかどうかを確認する。
特に中小企業の場合には、実際の現預金の入金時に売上高を計上することもあるため、売上高の請求書や売掛帳、預金通帳との照合も必要となる。
売上原価については、決算書にある売上原価項目の数値を棚卸資産受払帳や在庫表等と照合する。
また売上高と同様に有利な仕入条件による取引がされている場合には、継続取引可能かどうか確認が必要となる。
中小企業の場合、現預金の支払時に仕入高に計上していることもあるため、仕入請求書や買掛帳、預金通帳との照合も必要となる。
スモールPMIの財務DD/PL② 役員報酬・給与手当、法定福利費
●役員報酬・給与手当
役員報酬については、役員名簿や履歴事項全部証明書を取得し、調査時点で登記されている役員(取締役、監査役)の氏名を確認する。
また、勘定科目明細書(役員手当等の内訳書)や給与台帳から、役員報酬額や勤務実態を確認する。
その他、給与台帳等から勤務実態のない役員に対して報酬が支払われている場合にはゼロ円に修正する。
給与手当については、給与台帳等から勤務実態の確認と、総勘定元帳から締後分の未払給与の計上があるか確認する。例えば、20日締翌5日払の給与手当は、21日から月末までの金額を計上する必要がある。
●法定福利費
法定福利費についても、正常利益算定のため社会保険への加入の有無の確認を行い、約15%程度の適正額の計上がされているか確認する。
社会保険に加入している場合で会社負担額が約15%程度であれば、修正の必要はないが、本来加入の対象者でありながら未加入の社員がいる場合には、未加入者を確認し、給与台帳から概算の社会保険料(15%)を算定して会社負担額として追加計上する。
また、社会保険料の納付が当月分徴収当月払または前月分徴収当月払のいずれで処理しているか、総勘定元帳から適正な月数分の社会保険料が計上されているかを確認する。
スモールPMIの財務DD/PL③ 退職給付費用、役員退職慰労引当金繰入額
●退職給付費用
退職金の支給金額の計上が必要な場合には、正常利益算定にあたり、社員の退職金を過去3期分の費用負担額として計上する必要がある。
退職金の支給の有無は、決算書、従業員名簿、給与台帳、就業規則、退職金規程から確認する。
また、退職金規程は存在しないが支給実績がある場合には、その計算根拠資料を確認します。中小企業退職金共済等の個人別積立報告書や生命保険等を活用した積立がある場合には、決算日時点の積立資料を確認する。
過去3年間の退職金の支給実績がある場合で、貸借対照表に退職給付引当金の追加計上を行うには、原則として過去3期分の退職給付費用の追加負担額を損益計算書に計上する。
●役員退職慰労引当金繰入額
役員退職慰労引当金の支給金額の計上が必要な場合には、正常利益算定にあたり、過去3年間の費用負担額を計上する必要がある。
その際に計上の対象となる役員は株主以外の役員であり、M&A後も継続して役員として就任する者等が対象になる。
調査時点で登記されている役員(取締役、監査役)の氏名は、役員名簿、株主名簿、履歴事項全部証明書を取得して確認する。
また役員の就任期間の分かるものや株主総会議事録、取締役会議事録を確認し、役員退職慰労引当金の計上がある場合には譲渡会社の計上根拠資料を取得して確認する。
また、規程がある場合、株主以外の役員に対する引当金を規程どおりに計上する。
株主役員については、原則として譲渡会社のM&Aに関する株価算定に影響するため、今回の退職慰労引当金の計上対象者とはならない。
スモールPMIの財務DD/PL④ 保険料・福利厚生費、租税公課、支払地代家賃
●保険料・福利厚生費
総勘定元帳3期分、各保険証券、保険契約書を確認する。
正常利益算定のため、社長や役員が被保険者となっている生命保険料や、事業関連性が低い生命保険料(節税目的の生命保険契約など)を控除する。
生命保険料の中で、解約返戻金の全額を社員の退職金に充てるための原資とするものは、退職金規程や税務上のリスクを確認の上、その保険料を退職給付費用とみなして控除は行わない。
また福利厚生費の中には社長や役員の私的経費が含まれていることもあるため、総勘定元帳から内容を確認し、該当するものがあれば控除する。
●租税公課
総勘定元帳3期分や過去3期分の法人税申告書(地方税申告書含む)・消費税申告書を確認する。
特に法人税別表5(2)の⑤欄(損金経理による納付)と、直前期の租税公課の計上内容を比較確認する。
租税公課に法人税及び地方法人税・住民税・事業税及び地方法人特別税が含まれている場合には全額控除する。
不動産取得税や登録免許税などの非経常的なものも控除する。
罰金等(延滞税、加算税、罰金)については、経費として認められていないため控除する。
その他、消費税の会計処理は税込経理及び税抜経理に区分される。
特に税込経理の場合には、消費税確定申告の確定年税額と租税公課の消費税額が合っていることを確認する。
●支払地代家賃
勘定科目明細書、賃貸借契約書等を確認し、M&A後の譲受企業が事業継続に必要なものであるかを判断する。
例えば、社長や役員に対する社宅や遊休資産に対する支払地代家賃がある場合、正常利益算定のため削減対象となる場合もある。
スモールPMIの財務DD/PL➄ 営業外損益項目、特別損益項目
●営業外損益項目
営業外損益項目とは、企業が本来の営業以外の活動で発生する損益のことで、臨時的・一時的で特別なものではなく毎期経常的に発生する性質のものをいう。
営業外収益には受取利息、受取配当金、雑収入などが計上され、営業外費用には支払利息、雑損失などが含まれる。
営業外損益項目の中で譲渡企業の特有の取引を確認する。例えば家賃の受取、インセンティブ収入等の有無やその内容である。
インセンティブ収入については、譲受企業がM&A後も引き続き収入を得られるものであれば修正は不要であるが、譲受企業が引き続き収入を得られないものについては、その収入を控除する必要がある。
支払利息については、借入金の実在性と金利の確認を行い、未払利息の計上漏れがないかを確認する。
●特別損益項目
特別損益項目とは、企業が毎期経常的な活動内容とは関係なく、臨時的・一時的で特別に生じた損失や利益のことをいう。
特別損失には、固定資産売却損、店舗撤退損失、長期保有等有価証券売却損など、特別利益には、固定資産売却益や長期保有等有価証券売却益などが含まれる。
そして特別損益項目の中で、譲渡企業の特有の取引を確認する。
火災や自然災害、盗難による損失、商品在庫等の評価損失、休業による損失やリストラ費用等があれば、次年度以降の正常利益算定に影響を与える可能性がある。
また保険金による収入、新型コロナウィルス関連の給付金や助成金等の表示も、営業外収入ではなく特別損益項目に計上されている場合もある。
これらの内容を確認し、経常的に発生しないと認められる場合には控除する。
スモールPMIの財務DD/時価純資産・正常利益
●時価純資産
財務デューデリジェンスにおける純資産の評価は、これまで見てきたように、貸借対照表の調査時点の簿価純資産を基礎として、資産・負債の実在性や網羅性を反映させた時価評価への修正を行い、修正後(時価)貸借対照表の時価純資産に修正を行う。
資産は、時価評価や回収可能性の評価、簿外資産の計上を行う。負債については、未計上の債務や引当金、簿外債務の計上を行う。これにより、評価時点での実態を表した時価純資産額が計上される。
●正常利益
譲渡企業における過去3期の損益計算書から、譲渡企業特有の臨時的・一時的な損益を控除し、また会計処理の変更で計上が必要となる費用の有無、M&Aの実行後に譲受企業において想定されている投資や企業統合等に必要な費用を確認し、譲渡企業が本来有する正常利益は過年度においてどの程度であったかを把握する。
なお、中小企業の場合の財務デューデリジェンスは、主に決算書をもとに行われる。
そして中小企業が作成する決算書は、「財務会計」によるものではなく、法人税等の納税を意識した決算書、すなわち「税務会計」によって作成される。
財務会計とは、一般に公正妥当と認められる会計原則により作成される決算書で、株主総会により承認を受けたものをいう。
これに対して税務会計とは、法人税の税務申告書を作成することを目的として、あらかじめ法人税法上で認められる会計処理に基づき作成される決算書をいう。
よって財務会計に基づく利益を把握することは、調査時点の決算書上(修正前)の税引前当期純利益から時価評価への修正、会計処理方法の修正等を加えたものとなる。
従って正常利益を算定することは、将来の事業計画等の作成を行う際の出発点となる。
スモールPMIの財務DD/役員・株主との取引、グループ間取引、税務会計リスク
●役員・株主との取引
譲渡企業と役員又は株主との間で取引関係があるか確認する。
例えば不動産賃貸借取引があげられます。特に役員・株主の所有不動産については、土地や建物の使用状況を把握する。
そしてM&Aが成立した後の賃貸借がどのような形態(買取、継続、解消)となるかを事前に確認する。
また、株主の異動があった場合には、株価算定等資料があれば当該計算資料も併せて確認を行う。日付、誰から誰へ、移動株数、1株当たり金額、原因(売買、贈与)について確かめる。
●グループ会社間取引
グループ会社とは、親会社、子会社、関連会社、兄弟会社、その他関係会社を含めたものをいう。
グループ間の取引相手として、売上先、仕入先、外注先がある場合には、グループ会社間の取引金額が第三者取引金額と同様な取引条件や取引金額で行われているかどうかを確認する。
もし第三者取引金額で行われていない場合には、正しい損益を把握するため、第三者取引金額に修正する必要がある。
●税務会計リスク
過去10年間に受けた税務調査について、調査時期と修正事項等を確認する。税務調査による修正事項がある場合には、修正申告書または更正通知書も併せて確認する。
また中小企業の場合、その多くが税務会計により決算申告書を作成しているため、過去3年間において利益の過大計上または過小計上のための調整がされているか確認する。
その他、現在考えられる税務上のリスクがあるかどうかを確認する。
スモールPMIの財務DD/報告書の注記事項、事業譲渡
●報告書の注記事項
財務デューデリジェンスの報告書の作成を行う場合には、譲渡企業に有用な情報の提供が目的となっていることから、金額の修正事項の他に、修正事項ではない項目および特記事項について、その報告書内で注記として明記する。
例えば、リース債務については、会計上賃貸借処理をしている場合には簿外債務に当たる未払リース料について、その内容を報告書に注記として明記する。
また中小企業の場合、金融機関から借入をする場合には個人保証が必要になる。この場合、個人保証となっている借入金や担保の状況を報告書に注記として明記する。
●事業譲渡
事業譲渡は、M&Aのひとつの形態で、譲渡企業の事業の一部又は全部を譲受企業に売却するもので、株式譲渡とは異なる。
事業譲渡の特徴としては、引き継ぐ事業の資産及び負債を買い取ることになるため、簿外負債等の見えざるリスクは引き継ぐ必要がない。
また税務上、譲渡資産や負債の含み損益を使用した節税も可能になる。
なお、事業譲渡では、譲渡企業の資産及び負債がどの事業に紐づけされるのかの判断が難しいため、譲受企業は引き継いだ事業が継続できるように、どの資産及び負債を引き受けるかについて、事業譲渡契約書で一覧表などで記載する必要がある。
特に債権債務に係るものは、引き継ぐ場合に取引先等の相手方の同意が必要になることが多く、金融機関等の借入金の引継ぎにも注意が必要である。
本来事業に関わる借入金は引き継ぐ対象ですが、当事者の合意により、引継ぎの譲渡債務に含めないことができる場合もある。