スモールPMIのビジネスDDで実施すべき財務分析
スモールPMIのビジネスDDでチェックすべき財務分析は概ね以下のとおりである。これらについて詳細を明記する。
【スモールPMIのビジネスDDで実施すべき財務分析】
- 直近5年間のPLの推移で経営状況確認
- 原価率の変動は原価の4要素を確認して原因究明
- 「固変分解」と「損益分岐点」で必要な売上高の確認
- 売上分解(事業別・顧客別・商品別売上の推移)
- 収益性分析:収益状況の評価
- 効率性分析:売上債権と在庫、運転資金状況の評価
- 生産性分析:人と設備の有効利用の評価
- 安全性分析:短期支払能力と長期支払能力の評価
直近5年間のPLの推移で経営状況確認
●直近5年間のPLの注目点
会社の業績を把握する場合、まずは5年程度(少なくとも3年)のPLで収益状況を確認する。
PLの注目ポイントは、単年度の数値と比率、そして複数年度の推移である。具体的には、単年度の売上・各経費・利益の数値、各々の売上比率を確認することで各年度での業績を確認する。
そして複数年度でそれら各科目の推移を比較することで、経営状況をより明確に把握することができる。
特に数値や比率が大きく変動している科目に注目し、なぜ大きく変動したのかを別途ヒアリングで確認する必要がある。
まず売上高では、その会社の規模を把握する。そして売上高の増減を確認してその傾向を見る。
次に原価率であるが、原価率は事業構造や事業内容に大きな変化がない場合は大きく変化しない。しかし規模が小さい中小企業の場合、仕入れ値の高騰や人材雇用による労務費の高騰などで大きく変動する場合があるので、確認が必要である。
続いて販管費であるが、まずは人件費のチェックである。
人件費は、中小企業にとって最も経費がかかる固定費であるため、収益に大きく影響する。特に売上が大きく変動している場合、この比率がどのように変動しているかに注目する。
例えば、売上が増加していても、その売上増に対応するために人員を増やし、その結果、売上高人件費比率が増加して営業利益が減少する、というケースも珍しくない。
また、売上が長く低迷した場合は、売上高に見合う人件費になるようリストラも視野に入れる必要が出てくる場合もある。
その他の販管費は、金額が大きい科目と、大きく変動している科目を中心にチェックする。また、減価償却費を計上しないことで利益を多く見せる場合も多いので確認が必要である。
その他、営業利益・経常利益は、各々の利益率も合わせて確認する他、合わせて償却前利益でキャッシュフロー状況も確認していただきたい。
原価率の変動は原価の4要素を確認して原因究明
●原価には4つの要素ある
製造業では原価の各要素を確認することが重要である。
原価管理をしていなければ原価は変動費である材料費になるため、高原価やその増減の原因は材料費であることが明確となる。
しかし原価管理を実施している場合、原価には「材料費」「労務費」「外注加工費」「経費」と4つの要素があり、どの構成比が高いか、どの程度増減しているのかを見極めることが大切となる。
ちなみに材料費と外注加工費は変動費、労務費と経費は固定費です。ただし労務費がパートの人件費の場合は変動費になる。
●原価率増減の原因究明がポイント
原価の4つの要素である、「材料費」「労務費」「外注加工費」「経費」について、それぞれの売上高構成比の推移を確認し、各々の原価率の高低、推移を確認し、どこを改善すべきかをチェックする。
つまり、「売上高材料費比率(材料費÷売上高)」「売上高労務費比率(労務費÷売上高)」「売上高外注加工費比率(外注加工費÷売上高)」「売上高経費比率(経費÷売上高)」を算出して、各々の高低差と推移を確認するのである。
例えば、今期の売上が前期より若干増加したものの、営業利益が前期はプラスであったが今期はマイナスに落ち込んでしまい、その原因を見ると、原価率が上がっていたことがわかった。
さらに細かく見ると、売上高労務費比率、前期が50%で今期が60%になっていた。
売上高に占める労務費が60%であれば、人件費が過剰であることがわかり、さらに前年から10%も増加している。
この数値を踏まえて、なぜ労務費が増えたのか、その原因をヒアリングで確認すると、現場からの要望で増員したとのこと。しかし現場の従業員はシングルタスクで、手待ちも多く発生していた。
本来であれば増員ではなく、OJT等の教育を行って社員のマルチタスク化を推進するべきである。
このように、数値を見て問題点を発見し、ヒアリングで原因を究明するのである。
「固変分解」と「損益分岐点」で必要な売上高の確認
●固変分解で損益分岐点売上高を確認する
「損益分岐点売上高」とは、会社の営業利益がゼロになる売上高のことで、計算式は「損益分岐点売上高=固定費÷(1-変動費率)」である。
「変動費率」は、変動費を売上高で割ったもの(変動費÷売上高)である。
損益分岐点売上高を出すためには、会社で発生する費用(原価・販管費)を「固定費」と「変動費」に分解する必要がある。この分解のことを「固変分解」と呼ぶ。
また、売上高から変動費のみを差し引いたものを「限界利益」と言う。
さらに、実際の売上高に対する損益分岐点売上高の割合が「損益分岐点比率」で、実際の売上高100%に対して損益分岐点売上が何%なのかを算出するものである。
一般的に、この比率が60%未満であれば超優良企業、60~80%は優良企業、81~90%は普通の企業で、91~100%だと損益分岐点ギリギリの企業、そして100%超が赤字企業となる。
●損益分岐点売上高、固変分解の方法
損益分岐点売上高を出すための固変分解の具体的手法は、各勘定科目を変動費と固定費に振り分けることである。
1つの勘定科目に固定費と変動費が入り混じっていることもあるが、緻密に分解することは困難なため、科目ごとに分けていく。
そして左表のように、原価と販管費の変動費を合計して売上から差し引くと限界利益になり、その限界利益から原価と販管費の固定費を差し引くことで、営業利益になる。
なお、一般的に販管費は固定費である場合が多いが、原価管理が行われていない場合、販管費に様々な変動費の勘定科目が混じっている場合がある。
同じ勘定科目でも、企業の経営状況や会計手法によって変動費と固定費は変わるので、ヒアリングで確認する必要がある。
売上分解(事業別・顧客別・商品別売上の推移)
●事業別売上で「事業規模と推移」を把握する
会社が複数の事業を営んでいる場合、まずは事業別に売上を分解して各事業の売上規模および構成比を明確にし、会社がどの事業でどの程度の売上があるのかを把握する。
大切なことは、直近の単年度の売上および構成比に加え、推移を明確にして、その事業が成長期なのか、安定期なのか、衰退期なのかのライフサイクルを概ねつかむことである。
●顧客別売上で「収益の出所」を把握する
会社の今後の成長性を見極めるためには、その会社の実際の売上高がどの顧客からもたらされているのかを把握することが大切であるため、顧客別に分解して確認する。
そして売上上位の顧客の売上について、全体の売上に対する構成比を確認する。
構成比が高すぎる場合、その大口顧客への依存度が高く、その顧客が流出した時や売上が大幅に減少した時のリスクが高い状態であると言える。
特に法人顧客の場合、顧客の経営方針の変更により一気に売上がなくなる場合もあるため注意が必要である。
また、その他の各顧客の売上高の増減幅や、顧客数の増減数についても確認して既存の顧客数の実態を掴むことも大切である。
●商品・サービス別売上で「収益の源」を把握する
会社の成長性の見極めには、実際の売上高がどの商品・サービスによってもたらされているのか、その売上推移を把握することが大切であるため、売上高を商品・サービス別に分解する。
これにより、自社の定番商品の把握や、各商品の売上構成比(貢献度)、商品別の成長や衰退状況が把握できる。
なお、商品・サービスの分解は、顧客が法人・個人問わず実施できるが、商品が特注専門、商品が1種類のみ、取り扱う商品が固定されていない等の場合は、商品・サービス別の売上分解は不要である。
収益性分析:収益状況の評価
●収益性分析で、各利益・各経費の売上高に対する割合を確認する
収益性分析では、売上高と、各利益・各経費の比率を見る。
「売上高総利益率」は、いわゆる「粗利率」と呼ばれるもので、「総利益率÷売上高」で算出する。
「売上高営業利益率」は、本業の利益である営業利益の割合であり、「営業利益率÷売上高」で算出する。
まずはこの営業利益の黒字化は事業を営む上で必須の条件であり、さらに営業利益率を業界平均と同等に持っていくことが直近の目標になる。
「売上高経常利益率」は、営業利益から、主に支払利息を差し引いた後の経常利益の利益率を表し、「経常利益÷売上高」で算出する。
経常利益は企業の真の実力値と言えるため、この数値がマイナスだと金融支援が必要になる場合がある。
「売上高人件費比率」は、売上高に対する人件費合計の割合で、「人件費÷売上高」で算出する。「人件費」は、販管費と、原価の労務費の合計で算出する。
中小企業の場合、経費で最も負担となるのが人件費であるため、この比率が高ければ、業務の効率化や社員のマルチタスク化、残業代削減やパートのシフト管理強化等を図り、極力人件費を抑える必要がある。
「売上高諸経費比率」は、販管費の中から、人件費・減価償却費・外注加工費を差し引いた値の割合であり、「諸経費÷売上高」で算出する。
この指標は人件費以外の経費を余分に使っていないかどうかがわかり、この値が高ければ、さらに各勘定科目に絞って確認する必要がある。
最後に「売上高金融費用比率」は、売上高に対する支払利息の割合を表していて、「支払利息÷売上高」で算出する。
業績が悪化して金融支援が必要となっている再生企業の場合、売上高と比較して借入金が通常より多いだけでなく、利率も高くなる傾向にあるため、この比率が高くなる傾向がある。
この利率が高すぎる場合、事業運営に支障をきたすため、利率の再検討の必要がでてくる場合もある。
効率性分析:売上債権と在庫、運転資金状況の評価
●効率性分析で、売掛金や棚卸などの回転率と回転期間を確認する
効率性分析では、資産全体の回転率の他、売上債権・棚卸資産・支払債務の回転期間を見る。
「回転率」は、各資産・負債が、売上高・仕入高に対して何回転しているか(単位:回)を表し、「回転期間」は、実際に回転する期間(単位:ヶ月)を表す。
どちらで確認してもよいが、売上債権や棚卸資産、支払債務では、回転率より回転期間の方がイメージしやすいため、ここでは回転期間について説明する。
「総資本回転率」は売上高に対して総資産が何回転しているかという資産全体の効率性を表しており、「売上高÷総資本」で表す。
この値が低ければ資産は多い割に売上が小さく、資産を効率的に活用できていないことを意味するため、「過剰資産」の可能性がある。
ただし中小企業の場合、事業に無関係な資産を保有していることも多いため、厳密に評価する必要はない。
「売上債権回転期間」は、売上債権(売掛金と受取手形)が現金として回収されるまでの期間を示した指標で、「売上債権÷月商(1ヶ月の平均売上)」で算出する。
この値が大きいと、売上を計上してから入金するまでの期間が長く、売上を計上してもなかなか現金が入ってこないことになり、キャッシュフローを圧迫する要因になる。
例えば、この値が「2.5ヶ月」であれば、売上から現金化されるまでに2.5ヶ月もかかってしまうことを意味する。
ただし、回収不可能な不良債権が含まれている場合は、実質的にはそれらを除いた後の売上債権で産出した値が正しい売上債権回転期間の数値になる。
したがって、売上債権の中に不良債権が多く含まれている場合は、この数値は本来の数値より高くなるため注意が必要である。
「商品回転期間」は、在庫である棚卸資産が、何ヶ月分の月商(売上高)に相当しているかを表し、「{(期首棚卸資産+期末棚卸資産)÷2}÷月商」で算出する。
この値が大きいと、仕入れたものを販売・現金化するスピードが遅いことになるので、キャッシュフローを圧迫していることになる。
この数値が大きくなる要因として、材料や仕掛品、製品在庫を余分に保有していたり、商品として活用できない死蔵在庫が増えていたりする可能性もあるので注意が必要である。
「仕入債務回転期間」は、仕入債務(買掛金と支払手形)が現金で支払われるまでの期間を示した指標で、「支払債務÷月平均仕入高」で算出する。
この値が大きいと、商品や材料を仕入れても、現金の支払を長い間待ってもらえることになるので、キャッシュフローが楽になる。
なお、再生企業で倒産危機という風評被害が起きてしまうと、取引業者は掛売りから代引きに切り替えてくるので、この期間は一気に短くなり、キャッシュフローがさらに厳しくなる。
「CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)」は、仕入代金の支払いから入金に至るまでに要する日数のことで、この日数が短いほど、企業の現金回収サイクルが早く、資金が効率的に使われていることを意味する。
生産性分析:人と設備の有効利用の評価
●生産性分析で、ヒトとモノの収益性や活用状況を確認する
生産性分析では、ヒト(人件費)とモノ(施設や設備などの有形固定資産)といった資源からどれだけ多くの収益を生み出せるか、およびこれら資源がどの程度有効に活用できているかを確認する。
「従業員1人当り売上高」は、売上高を社員数で割った値で「売上高÷従業員数」で算出する。これが小さければ、抱えている従業員に対して売上高が小さいことを意味する。
この値が極端に小さければ、人件費の変動費化(正社員のパート化)やリストラも選択肢に入れる必要が出てくる。
「従業員1人当り粗付加価値額(労働生産性)」は、従業員1人当りの粗付加価値額を表す指標で「粗付加価値額÷従業員数」で算出する。
人件費というのは、獲得した売上から必要経費を差し引いた粗付加価値から分配されるが、この粗付加価値額が高いということは、自社の製品・サービスを高く売る力があると言える。
そのため、この労働生産性が低いということは、自社の製品を、思うような価格で顧客に受け入れてもらえない状況であると言える。
「売上高粗付加価値額比率」は、売上高に対する粗付加価値の割合(利益率)で「粗付加価値額÷売上高」で算出する。当然高いことが望まれる。
「従業員1人当り有形固定資産(資本装備率)」は、労働量に対する資本量の比率で、「有形固定資産÷従業員数」で算出する。
一般的にこの値が高いと生産性が高い、というように考えられていますが、設備投資を増やせばこの値は上昇するため、他の指標と合わせて見る必要がある。
「有形固定資産粗付加価値額比率(資本生産性)」は、有形固定資産が生み出す付加価値の割合を示しており、「粗付加価値額÷有形固定資産」で算出する。
一般的にこの資本生産性は「労働生産性」とトレードオフの関係になる。
例えば、設備の導入により自動化を図ったメーカーの場合、従業員を減らしたことで労働生産性が上がるが、設備を増やした分だけ資本生産性が下がることになる。
「有形固定資産回転率」は、施設や設備の収益に対する貢献状況や活用状況を示す値で、「売上高÷有形固定資産」で算出する。
この値が業界平均値を大きく下回ったり(過剰設備)、上回ったり(設備投資不足)しないことが求められる。
「従業員1人当り人件費」は、従業員の平均給与であり、「人件費÷従業員数」にて算出する。中小企業の場合、大企業と比べてこの値が非常に低いのが特徴である。
「粗付加価値額人件費比率(労働分配率)」は、獲得した粗付加価値に対する人件費の割合を示し、「人件費÷粗付加価値額」で算出する。
この値が100%超、つまり獲得した粗付加価値すべて人件費に流れていることもあり、その場合は原価や販管費全体の見直しが必須の状態であると言えるであろう。
安全性分析:短期支払能力と長期支払能力の評価
●安全性分析で、短期と長期の支払い能力を確認する
安全性分析は、短期と長期の支払い能力を表すもので、会社が短期的・中長期的に事業を継続して行ける状態かどうかを確認する。
「当座比率」は、短期的な安全性を示しており、流動資産の中で、現預金と、近い将来現金化できる売上債権を合計した当座資産を、1年以内の支払い義務のある流動負債で割った値で、100%以上が目安である。
この値が極端に小さい場合、短期的な支払い能力に問題があることになり、資金繰りが厳しい企業であると言える。
「流動比率」は、流動資産を流動負債で割った値であるが、「当座比率」の方が短期支払能力をシビアに表しているため、当座比率の補足としてチェックする。
「借入金回転期間」は「借入金(短期借入金と長期借入金の合計)÷月商(月平均売上高)」で算出した値で、借入残高が何ヶ月分の売上に相当しているかを示している。
なお、企業経営を健全に維持できるボーダーラインは4~5ヶ月程度と言われており、この値を超えていると、借入金が過大であるといえる。
ただし、業界平均でもこの値を超えている場合もあるため、業界平均との比較も合わせて判断する必要がある。
「固定長期適合率」は、長期的な安全性を示しており、固定資産がどの程度、返済不要な自己資本と、返済を長期にできる(すぐに返さなくて良い)長期借入金で賄われているかを示すものである。
固定資産というものは、事業を行うに当って長期的に必要な資産であるため、事業から得られる収益でゆっくりと長期的に賄っていくものである、と考える。
したがって、小さい程、その設備は安全と言えるが、この値が100%を超えていると、短期的に支払い義務がある流動負債で、設備や資産を賄っている部分もあることになるため、短期的な返済や支払いの負担が大きく、資金繰りを圧迫する可能性が出てくる。
「自己資本比率」は、返済不要な自己資本(純資産)の、資産全体に対する割合で、高ければ高い程安全であるといえる。 再生企業では、自己資本比率が極めて小さい、或いはマイナス(債務超過)の場合が多くなっている。